FC2ブログ

「犢もこれにくらべれば…」(その2)―附箋を剥がす(『芥川龍之介全集 第1巻』)・続

犢もこれにくらべれば…」の続き。

「犢もこれにくらべれば、大きい事はあつても、小さい事はない。」で間違いなさそうなのに、だらだらと書き連ねているのは以下の事情による。

僕が持っている『芥川龍之介全集』(岩波書店、昭和29年1月)には、書いた通り
「犢もこれにくらべれば、大きい事はあつても、小さい事はない。」
とある。
ただ、岩波だけでも何度も全集を出しているので、図書館で見られる限り見てみた。

①『芥川龍之介全集 第二巻』角川書店 昭和43年1月
犬は三頭が三頭ながら、大きさも毛なみも一対な茶まだらの逸物で、犢もこれにくらべれば、大きい事はあつても、小さい事はない。

②『芥川龍之介全集 第一巻』筑摩書房 昭和46年3月
犬は三頭が三頭ながら、大きさも毛なみも一対な茶まだらの逸物で、犢もこれにくらべれば、大きい事はあつても、小さい事はない。

③『芥川龍之介全集 第一巻』岩波書店 1977年7月
犬は三頭が三頭ながら、大きさも毛なみも一対な茶まだらの逸物で、犢もこれにくらべれば、小さい事はあつても、大きい事はない。

④『芥川龍之介全集 第二巻』岩波書店 1995年12月
犬は三頭が三頭ながら、大きさも毛なみも一対な茶まだらの逸物で、犢もこれにくらべれば、小さい事はあつても、大きい事はない。


③④の本文が「小さい事はあつても、大きい事はない。」になっている。

岩波書店では、少なくとも1927年~、1934年~、1954年~、1977年~、1995年~の5回全集を出している。
僕の持っているのが1954年の新書版全集で、それは前に書いた通り「大きい事はあつても、小さい事はない。」になっているので、未確認ではあるけれどもそれ以前の全集は、それと同じだったろうと思われる。
1977年以降の全集③④で、本文が「小さい事はあつても、大きい事はない。」になっているのだけれども、それらの全集の「後記」には、底本に「大きい事はあつても、小さい事はない。」とあるとした上で、「改む。」と書かれている。
③の底本は1927年の、④の底本は1954年のものではないかと思われる。とすれば、それらの本文はいずれも「大きい事はあつても…」ということになる。
因みに、現行の岩波文庫(2002年10月改版)は、1995年版の全集を底本にしているから、「犢もこれにくらべれば、小さい事はあっても、大きい事はない。」とある。
これらから考えれば、芥川が書いた本文は、「大きい事はあつても…」で間違いない。

実は、馬上駿兵サンが『[文法]であじわう名文』を書いた時に、④の全集と新書版全集を見比べて、「小さい事はあつても、大きい事はない。」は誤植だと判断して「大きい事はあっても、小さい事はない。」の本文を採用した。論旨に支障はないとしても、軽慮だった憾みはある。

それはさておき、芥川自身は「偸盗」の出来が気に入らなかったらしく、生前に単行本に入れることがなかった。だから、「小さい事はあつても…」を「大きい事はあつても…」に書き直したりはしていない。
それが芥川の誤記だったのだとしても(そして恐らく誤記なのには違いないけれども)、没後に他人が書き換えるというのが正しいのかどうか、判断は難しい。
作家だって書き間違えることはあり、もし芥川が長生きして全集の編纂に関わったりしていたら自分で書き直していた可能性はある。そういう意味では芥川が意図していたであろう形に書き換えることは一概に誤りとも言い難い。
一方、誤りだったとしても芥川本人がそう書いたのだから、それこそが「正しい」本文だとする考え方にも、一理ある。

で、結局のところそれで何が言えるのかと言うと、現在、世上にある「偸盗」の本文には、ふた通りのものがある、というだけのことである。

コメントの投稿











管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
https://hoshinahouse.blog.fc2.com/tb.php/1318-e1785144