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「もえみぼし」

甚だ唐突なのだけれども、「烏帽子」という言葉を眼にすると、どうしても思い出してしまうことがある。
昔々、今よりもっと真面目に勉強していた頃のことだけれども、『羅生門』の表現をこれまで誰も読んだことのない新しい視点で読み直そう! というような一見斬新な、挑発的なシンポジウムを聴いたことがあった。
そのシンポジウムの内容は、新しい視点なんてそんな簡単に出るはずがない、という予定調和的な印象を持っただけだったのだが、1点、強く印象に残っていることがある。
パネラーの一人の国語学者らしい人が、下人の被っている「揉烏帽子」を「もえみぼし」と読んだ。
まぁ、読み間違えは誰にでもあること、最初はあまり気に留めなかったのだけれども、「揉烏帽子」が出て来る度に何度も何度も同じように読む。たまたま間違えたのではなくて、そもそも「揉烏帽子」の読み方が判らず、文庫本なりなんなりにあったルビ「もみえぼし」を読み間違えて、「もえみぼし」だと思い込んだらしい。
発表後に別のパネラーから読みの誤りの指摘があったのだが、「すみません、手許の資料の写し間違いです」と悪びれもせずに答えていたのには唖然とした。
「揉烏帽子」というものを知らなかったとしても(かく言う僕も、その言葉自体は『羅生門』で初めて触れたような気がするが)、「烏帽子」を知っていれば、読み方は「ナントカえぼし」なんだろうな、と容易に見当は付く。そして、その見当が付きさえすれば、「揉烏帽子」を「もえみぼし」などと読み間違えることはけっしてない。「アボカド」を「アボガド」と間違えるのとは、訳が違うのである。
国語学者だから、とか芥川の専門家じゃないから、とかいうようなこと以前の問題で、日本語話者なら、さらに『羅生門』を研究対象にしようとするほどの者であれば、「烏帽子」を知らないことなんてありえない。そんな者の『羅生門』研究など、たとえ語学的観点からのものだったとしても聴く価値がまったくない…と感じたという思い出話。
追記1
symposium は日本では「シンポジウム」という言い方で定着しているけれども、英語学の専門家が「シンポージアム」と発音しているのを聞いて、原音とはかなり違っていることを知った。
実にカッコいいと思ったのだが、その方は人柄優れた方でまったく嫌みがないからそう感じられたので、それだけの人徳と学識のない僕には残念ながら使えない。

追記2
最近どこで「烏帽子」という言葉を眼にしたかは、そのうち書くかもしれない。…むろん、まったく大したことではないので、その時にも特別に断り書きを入れるつもりはない。

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