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役不足(3)

「かもしれない」付きで曖昧に誤魔化してはいるものの「改めて書く」と書いたので、大して書くことはないけれども書く。

改めて引用。

「楊弓場の女だよ。矢取女にはずいぶん良い娘がいるから」
「それなら、知ってるのは五人や三人はありますが」
「言い交したのはなかったのか」
「お生憎で。ヘッ。吉原の太夫には、言い交したのが二、三人あるが、結改場(楊弓場)の矢取女じゃ、色男の方が役不足で」(野村胡堂『銭形平次捕物控傑作選3 八五郎子守唄』「八五郎子守唄」P205)


「役不足」の意味については、下記の通り。

割り当てられた役目が軽過ぎ・る(て、それに満足出来ない)と思う様子だ。〔「―ながらその任を全うしたい」などと、自分の能力不足を謙遜する言い方に用いるのは誤り〕「―だと文句を言う」(『新明解国語辞典 第6版』2005年)


誤用の使い方が現れたのがいつ頃か、についてはいろいろ議論があるようだけれども、上記の胡堂の作品が書かれた昭和29年(1954)にはさほど一般化されていなかったはずだから、当時の読者は考えもせずに本来の意味で取れたのだろうけれども、誤用が一般化している現代の読者としては、いらないことを考えすぎてどういう意味なのだか判りにくくなりがちである。
それで、ちょっと考えてみる。

考えるべき関係は「矢取女」と「吉原の太夫」と「色男(=八五郎)」の三者。矢取女と吉原の太夫を比べて、「色男の方が役不足」と言っているのである。
もしこれが誤用の使い方だとすると、八五郎が、自分は吉原の太夫には相応しいが、矢取女の相手としては不足している、と言っていることになる。
が、当然のことながら、矢取女と吉原の太夫を比べたら後者の方が圧倒的に格上なわけだから、八五郎が平次に何かの皮肉だか謎掛けだかを言っているのでない限り、成り立ちそうもない。
むろんここはそんな場面ではないから、この「役不足」は本来の使い方である。
八五郎が、色男の自分にとっては、吉原の太夫は相応しいけれども、矢取女では役不足だ、矢取女なんかと言い交わしたりはしない、と(むろん本心ではなく軽口として)言っている場面なのである。

まぁ、そんなことは考えるまでもなく当たり前のことなのだが…。

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