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薔薇2

薔薇」の続き。
特に代わり映えはしないけれども…。

薔薇
薔薇
薔薇
薔薇
薔薇

(SONY Cyber-shot DSC-RX100M3)
[ 2019/05/28 00:00 ] 自然・季節 草花 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

ミシシッピアカミミガメ

先日の休みに清澄庭園(江東区清澄)まで散歩に行って来た。
以前行った時にはそんな印象はなかったのだが、思いの外随分たくさんの外国人観光客がいた。
けっして悪いところではないけれども、海外から来てわざわざ見に行くほどのところでもないように思うのだが…。

また、これもそんな印象はなかったのだけれども、カメがやたらにいた。主にミシシッピアカミミガメ、いわゆるミドリガメである。特定外来生物に指定されるのも宜なるかな。

季節外れで何かの花が満開だったりすることもなかったので、カメの写真だけ上げておく。

ミシシッピアカミミガメ
ミシシッピアカミミガメ
ミシシッピアカミミガメ

(SONY Cyber-shot DSC-WX500)
[ 2019/05/27 09:00 ] 自然・季節 生き物 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

「公正と信義に信頼して」

少し日が経ってしまったけれども…。
5月11日付『産経新聞』一面の「産経抄」を読んで考えたこと。
同趣のことは何度か書いているので、簡略に。

抄氏は高校時代に御祖父君から『日本国憲法』の本を貰って読んだという。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」。周辺国を見渡して、そんな諸国民がどこにいるのかという当然の疑問はさておく。「公正と信義『に』信頼」との箇所は「を」が普通だろう。「昔はそういう言い方をしたのかしらん」と当時、首をひねるしかなかった。


そこからさらに、PHP研究所の江口克彦さんがFBに同じことを書いていた、石原慎太郎さんが…、櫻井よしこさんが…と同じようなことを発言していた人の名前が続く。
そして最後には、美しい日本語の憲法に改正したい、という主張に続く。
無料会員登録をすれば全文をWEB上で読めるらしいから、興味のある方はどうぞ。むろん僕はしていないが。

さて、「昔はそういう言い方をしたのかしらん」と首をひねった経験があるのなら、少しだけでも昔の言い方を調べてから物を言うべきではなかっただろうか。
主張はともかくとして、人の言ったことを何の検証もせずに鵜呑みにして、それを前提に物を言うのはいかがなものか。

安直にGoogle先生にお伺いしてみただけでもこんな文章が検索できる。

古田島洋介:「公正と信義〈に〉信頼して」は誤りか? --石原慎太郎氏の憲法前文修正案をめぐって--

著名な漢文学者の先生だからか漢文訓読体と短絡的に結び付けていること、甚だしく一般性に欠ける憾みのある資料を根拠に物を言っていることなど不満がなくもないのだけれども、江口さんたちの言っていることが、もしかしたら自明の前提となるほど正しいものだと即断はできないかもしれないという疑いの眼を持つのには十分だろう。

それで、実際に昔の言い方を調べてみると、

「お蓮は目を外らせた儘、膝の上の小犬にからかっていた。」(芥川龍之介『奇怪な再会』)

「かれらは容保に諌止するために騎馬をもって会津若松を出発し、夜を日についで江戸に入り、容保に拝謁した。」(司馬遼太郎『王城の護衛者』)


というような例がある。

もっと参考になるであろうものとしては、

「母から掛り付けて来た産婆に信頼している細君の方が却って平気であった。」(夏目漱石『道草』)

「謙作達はこの一っこくのような所のある、勝気な看護婦に信頼していた。」(志賀直哉『暗夜行路』後篇)

「が、同時にわれわれは、漢字のこういう長所に信頼しすぎた結果、言葉は一つの符牒であると云うことを忘れて、強いて複雑多岐なる内容を、二字か三字の漢字の中へ盛り込もうとするようになりました。」(谷崎潤一郎『文章読本』)


のような、「信頼する」という動詞を使った「産婆〈に〉信頼」「看護婦〈に〉信頼」「長所〈に〉信頼」という例もある。
これらと「公正と信義〈に〉信頼」のどこに違いがあるというのだろうか。
芥川・司馬・漱石・志賀・谷崎…という歴とした日本人が、しかも極めて高度な国語力の持ち主たちが、こういう使い方をしているのである。彼らの使い方は正しくて日本国憲法の使い方は間違っているとは言えないだろう。

昭和21年の時点において、「公正と信義〈に〉信頼して」は、やや古めかしい言い方だった可能性もなくはないけれども、「正しい」日本語だったと思われる。
もちろん現代において、「〈に〉信頼」という言い方はまずしないとしても、今はそういう言い方はしない、ということと、日本語として間違っている、変だ、ということとは同じではない。

これからの憲法は新しい日本語で作ろう、と主張するのならともかく、間違ってもいないものを間違っていると強弁して、だから変えよう、と言うのでは、主張自体の信頼性を自ら低めることになっていると言わざるをえない。
これまでにも、石原さんのそういう発言を何度も紙上で目にしては来たけれども、それは石原さんの発言を産経新聞が報じていただけで、その主張するところが正しくても正しくなくても石原さんの責めに帰すべきものだけれども、今回の「産経抄」の記事は産経新聞としての主張だから、今までの報道とは性格が異なる。
政治家なら、プロパガンダのためにちょっとした誤魔化しや脚色をするのも手法の一つと言えるのかもしれないけれども、それを新聞が真似るべきではないだろうと思う。
過去の日本語を一方的に「変」と決めつけて美しい日本語の憲法に改正したいなどと言われても、到底腑に落ちない。

薔薇

別段忙しかったわけではないけれども、しばらく更新していないことを思い出したのでアップしておく。

新宿御苑の薔薇。

薔薇
薔薇
薔薇
薔薇
薔薇

(SONY Cyber-shot DSC-RX100M3)
[ 2019/05/25 22:37 ] 自然・季節 草花 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△