続・Sandy Denny

先日「Sandy Denny」を書いた後で、WALKMANにはほかにも入っていたことに気づいた。
フェアポート・コンヴェンション(Fairport Convention)時代のアルバム2枚。

"Unhalfbricking" ~『アンハーフブリッキング』

Unhalfbricking

"Liege & Lief" ~『リージ・アンド・リーフ』

Liege & Lief

"Unhalfbricking" で取り上げられているディランの Percy's Song が美しい。
ディランの楽曲とは言え、本人歌唱のものは "Biograph" でしか聴くことができない。
"Biograph" はマニア向けの高額商品であり、かつ、既に生産完了になっているようだ。そして、ディランのコアなファンでない限り、フェアポート・コンヴェンションのバージョンの方が遙かに聴きやすいから、"Unhalfbricking" で聴くのが良いだろう。とはいえ、"Unhalfbricking" も段々入手が難しくなりつつあるようだが…。

アルバムはほかにも持っているのだけれども、WALKMANに入っていたのはこれだけ。
[ 2018/04/23 10:03 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

Sandy Denny

朝、出掛けに聴いていたウィークエンド・サンシャインで、今日4月21日がサンディ・デニーの命日だということを知った。

そういうことなら、というわけで、今日のBGMは、WALKMANに入っていた限りのサンディの曲。

"The North Star Grassman And The Ravens" ~『海と私のねじれたキャンドル』

The North Star Grassman And The Ravens

"SANDY" ~『サンディ』

SANDY

"Like An Old Fashioned Waltz" ~『オールド・ファッションド・ワルツ』

Like An Old Fashioned Waltz

今では入手が難しくなりつつあるようだ。非常に残念なこと。
[ 2018/04/21 22:37 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

訃報2件201804

バラバラだけれども…。

訃報
武田清子さん 100歳=思想史学者、国際基督教大名誉教授


 思想史学者で国際基督教大名誉教授の武田清子(たけだ・きよこ、本名・長清子=ちょう・きよこ)さんが12日、老衰のため亡くなった。100歳。葬儀は家族により営まれた。後日、しのぶ会を開く。

 兵庫県伊丹市生まれ。神戸女学院大学部に進み、1938年にキリスト教の洗礼を受けた。39年、日米交換留学生として渡米。コロンビア大学、ユニオン神学校大学院などで学んだ。

 留学中、戦時下の中国や欧州での見聞がその後の思想形成に影響をもたらした。日米開戦後は交換船で評論家の鶴見俊輔さんや経済学者の都留重人さんらとともに帰国。敗戦後は丸山真男さんや都留さん、鶴見さんらとともに46年、雑誌「思想の科学」を創刊し、戦後日本論壇のオピニオンリーダーの一人として活躍。同大アジア文化研究所長、世界教会協議会会長などを歴任。民間外交の推進にも尽力した。晩年は高齢者施設に入所してからも思想史の勉強会を続けるなど、旺盛な研究意欲を示していた。(毎日新聞)


「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノ氏が死去

 ブルーノ・サンマルチノ氏 82歳(元プロレスラー)米プロレス団体、ワールド・レスリング・エンターテインメント(WWE)が18日に死去したことを発表した。

 怪力とスタミナで「人間発電所」の異名をとり、日本ではジャイアント馬場と名勝負を繰り広げた。(読売新聞)



[ 2018/04/21 00:06 ] | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

イヴォンヌ・ステイプルズ

訃報。

ザ・ステイプル・シンガーズのイヴォンヌ・ステイプルズ、死去

1999年にロックの殿堂入りを果たし、2005年にグラミー賞の特別功労賞を受賞したアメリカのゴスペル/ソウル・グループ、ザ・ステイプル・シンガーズのイヴォンヌ・ステイプルズが、火曜日(4月10日)シカゴにある自宅で亡くなった。『Chicago Tribune』紙によると、数週間前に癌を患っていると診断されたばかりだったという。80歳だった。(BARKS)

[ 2018/04/12 23:31 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

「ゆれる」「裏情報」「dis girl」

ここのところ聴いている音楽。

SSW(エスエスダブリュー)という言葉を、割に最近知った。
一瞬、何だろう? と思ったのだけれども、使われている文脈からして「シンガー・ソング・ライター」のことだと気がついた。
昭和の時代から音楽を聴いて来ている僕にとってのシンガー・ソング・ライターと言えば、さだまさしだとか谷村新司だとか、あんまりかっこ好くないおじさんのイメージがあったのだけれども、現代の SSW は、そういう嘗てのシンガー・ソング・ライターのイメージ(他の人のイメージも僕と同じだとは言い切れないが)とは打って変わって、若い女性を指すことが多いようだ。

そんな SSW の一人、ナナちゃんリジーの「ゆれる」「裏情報」「dis girl」。
僕の持っている CD-R には特段のタイトルが付いていないので、収録曲を羅列した。
詳しいことは何も知らないのだけれども、歌声がこの上なく心地良い。曲も良いし詩も美しい、独特の世界を持っている。
似たような誰かがいないから、ナナちゃんリジーのような音楽が聴きたかったら、ナナちゃんリジーを聴く以外に代替の方法がない。もっともっと聴かれて良い人だと思う。
百聞は一見に如かず、否、百言は一聴に如かず、実際聴いてみるに勝るものはないから、これ以上の余計な説明はせずに「ゆれる」の Music Video を貼っておく。



なお、この MV には、「boyfriend」として、The Mash のホボケン(帆保健太郎)さんが出演している。人柄が滲み出ていてとても良い。

ところで、ファン初心者としては、彼女を何と呼んで良いのか判断に迷う。フルでナナちゃんリジーさんは長いし、とはいえ、ななちゃん、リジーさん、ななリジさん…どれが適切なのやら?
[ 2018/04/10 23:32 ] 音楽・映像 邦楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

附箋を剥がす 『江戸川乱歩作品集I』

『江戸川乱歩作品集I 人でなしの恋・孤島の鬼 他』(岩波文庫)の附箋を剥がす。

私は自分自身の過去の姿を眺めるような心持で、一枚一枚とページをはぐっていきました。(「日記帳」P6)


「はぐる」は「おおいなどをめくる」意。『新明解国語辞典』にはまさに「ページを―」という用例が載っていた。

でも、あの人が私の夫になるかたかと思いますと、狭い町のことで、それに先方も相当の家柄なものですから、顔ぐらいは見知っていましたけれど、噂によれば、なんとなく気むずかしいかたのようだがとか、あんな綺麗なかたのことだから、ええ、ご承知かもしれませんが、門野というのは、それはそれは、凄いような美男子で、いいえ、おのろけではございません、美しいといいますうちにも、病身なせいもあったのでございましょう、どこやら陰気で、青白く、透きとおるような、ですから、一そう水ぎわだったのでございますが、それが、ただ美しい以上に、何かこう凄いような感じだったのでございます。(「人でなしの恋」P37)


「すごい」は現在では副詞的に使われることが多いようだ。「すごい人」というような場合でも、これはむろん形容詞ではあるけれども、「すごく頭のいい人」とか「すごく大勢の人」というようなニュアンスで使われていると思しい。「すごい音」なら「すごく大きな音」だったり「すごく素晴らしい音」だったりする、など。
が、古典の授業で「ものすごし」などという言葉を教わった記憶のある方もいるだろうけれども、「すごい」には元々「恐ろしい」ニュアンスがあった。この「凄い」はそういう例で、「凄いような美男子」というのは必ずしも美男子であることを100%褒めているのではなくて、後文にあるように「陰気で、青白く、透きとおるような」少し恐ろしさ(…とまでは言えないにしても)を感じさせる表現である。

あなたはおみやげ人形といわれるものの、不思議な凄味をご存じでいらっしゃいましょうか。或いはまた、往昔、衆道の盛んでございました時分、好き者たちが、なじみの色若衆の似顔人形を刻ませて、日夜愛撫したという、あの奇態な事実を御存じでいらっしゃいましょうか。(「人でなしの恋」P61)


「すきもの」ではなくここでは「すきしゃ」。

木下芙蓉は彼の幼い初恋の女であった。彼のフェティシズムが、彼女の持ち物を神と祭ったほどの相手であった。しかも、十幾年ぶりの再会で、彼は彼女のくらめくばかり妖艶な舞台姿を見せつけられてたのである。(「蟲」P89)


「―めく」の事例。「くらむ」とか「くらくら」の「くら」に接尾語「めく」が付いている。

明らかに彼はなお木下芙蓉を恋していた。しかもその恋は、あの破綻の日以来、一層その熟度を増したかとさえ思われたのである。今や激しき恋と、深い憎しみとは、一つのものであった。とはいえ、もし今後彼が芙蓉と目を見かわすようなことが起こったならば、彼はいたたまらぬほどの恥と憎悪とを感じるであろう。(「蟲」P97)


「いたたまれぬ」ではなくて「いたたまらぬ」。『新明解国語辞典』の「いたたまれない」の項目に、用例はないものの、そういう語形があることだけは、記されている。

十歳前後の子供であったとはいえ、人一人刺殺されるのを見逃すはずはなかった。又、彼から一間ばかりのところに腰をおろしていたかの二人の細君たちも、彼女らは深山木の身辺に近づいたものがあれば、気がつかぬはずはないような地位にいたのだが、そんな疑わしい人物は一度も見なかったと断言した。(「孤島の鬼」P228)


今ではそんな使い方はしないと思うが、嘗ては社会的な位置のことだけでなく、場所・位置のことを示す用法もあったようだ。
ググったら、漱石の『草枕』に「ありゃ、いい地位にあるが、誰の家  なんですか」という用例があるらしいが、今読み返してきちんと引用する余裕がない。

私は熟考を重ねた末、結局、もう少し諸戸に接近して、この私の疑いを確かめてみるほかはないと心を定めた。そこで、深山木の変死事件があってから一週間ばかりたった時分、会社の帰り、私は諸戸の住んでいる池袋へと志したのである。(「孤島の鬼」P234)

私はこの条理整然たる推理に一応は感服したのであるが、だが、よく考えてみると、そうして通路だけが解決されたところで、もっと肝要な問題がいろいろ残っている。古道具屋の主人がどうしてその犯人気づかなかったのか。たくさんの野次馬の面前を、犯人は如何にして逃げ去ることができたのか。一体犯人とは何者であるか。(「孤島の鬼」P255)


助詞「を」の使い方。

まあ、ゆっくり聞いてくれたまえ。実は僕は初代さんなり深山木氏なりの敵討ちに、君お手伝いして、犯人探しをやってもいいとさえ思っているのだから、ぼくの考えをすっかり順序だてて話をして、君の意見を聴こうじゃないですか。(「孤島の鬼」P255)


助詞「に」の使い方。

そして僕は一つの仮説を組み立てた。仮説ですよ。だから、確実な証拠を見るまでは空想だといわれても仕方がない。しかし、その仮説が考えうべき唯一のものであり、この一連の事件のどの部分にあてはめてみても、しっくり適合するとしたら、我々はその仮説を信用しても差し支えないと思うのです」(「孤島の鬼」P258)


推理小説に良く出て来るシャーロック・ホームズばりの台詞。つい、書きたくなるんだろうな。

「じゃいってごらん。なんといったっけな。おじさんは胴忘れしてしまったんだよ。さあいってごらん。ほら、そうすればこのお日さまのように美しいチョコレートの缶がお前のものになるんだよ」(「孤島の鬼」P273)


『新明解国語辞典』に、「「どわすれ」の長呼。「胴」は借字」とある。

それは一種異様の告白文であって、こまかい鉛筆書きの、仮名ばかりの、妙な田舎なまりのある文章で、文章そのものも、何とも言えない不思議なものであったが、読者の読みやすいように、田舎なまりを東京言葉になおし、漢字を多くして、次に映しておく。括弧や句読点も、私が書き入れたものである。(「孤島の鬼」P290)


日本語の文章として、「仮名ばかり」なのも「括弧や句読点」がないのも読みにくい、ということ。

岩屋島の西がわの海岸で、それは諸戸屋敷とは中央の岩山を隔てて反対のがわなのだが、ほとんど人家はなく、断崖の凸凹が殊に烈しくて、波打際にさまざまの形の奇岩がそそり立っている。その中に一と際目立つ烏帽子型の大岩があって、その大岩の頂きに、ちょうど二見が浦の夫婦岩のように、石で刻んだ小さい鳥居が建ててある。(「孤島の鬼」P394)


「夫婦岩」に「みょうといわ」というルビがある。「めおといわ」より風情がある気がする。

「シドヴィシャス」etc.

最近聴いた音楽。

The Mash のDL販売の新曲「Baby rock show」の歌詞の中に、「シドヴィシャス」とか「カートコバーン」という名前が出て来る。
それで、久し振りに引っ張り出して来たアルバム。

SEX PISTOLS "NEVER MIND THE BOLLOCKS"
 ~セックス・ピストルズ『勝手にしやがれ!!』


勝手にしやがれ

何ですか? この邦題は。
まぁ、正しく訳すのもいかがなものか、というものではあるのだが…。
にしても、ジュリー(沢田研二)の大ヒット曲の曲名をパクったのは間違いない、明らかに売らんかなのタイトル。(SEX PISTOLS 自身には何の責任もないが…。)
ジュリーの曲名も映画からの借用だけれども、発売時期から考えてこれは明らかにジュリーから。しかもジュリーのは映画にちなんだ歌だそうだ(どこがどうなのかは判らない)必然性がなくはないのだが、これは何の関係もないただのパクリ。
この当時のトンデモ邦題のアルバムの多くは現在では真っ当なタイトルに変えられているけれども、これが今でも昔の邦題のまま販売されているのはちょっと驚き。
さて、肝心の中身は…なのだが、そもそもシド・ビシャスはこのアルバムの中ではベースを弾いていないらしい。とは言え、ほかにシドに関係するものは持っていない。
とまれ、これを聴かずしてパンク・ロックを語るべからざるほどの名盤…語らないけど。

NIRVANA ”BLEACH”
 ~ニルヴァーナ『ブリーチ』


ブリーチ

ニルヴァーナと言えば、一般的には "Nevermind" ~『ネヴァーマインド』~だろうけれども、個人的にはこちらの方が好み。もっと重苦しくてもっと暗くてもっとうるさい。

なお、「Baby rock show」の歌詞にはほかに「ジョニー」というのも出て来る。シド・ヴィシャス→カート・コバーンと来てのジョニーなのだから、ジョニー・サンダースなのはまず間違いないと思うのだけれども、残念ながら1枚も持っていない。

ロックンロールが品行方正な健康優良児のものではなかった時代。
[ 2018/04/07 22:22 ] 音楽・映像 The Mash | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

「もえみぼし」

甚だ唐突なのだけれども、「烏帽子」という言葉を眼にすると、どうしても思い出してしまうことがある。
昔々、今よりもっと真面目に勉強していた頃のことだけれども、『羅生門』の表現をこれまで誰も読んだことのない新しい視点で読み直そう! というような一見斬新な、挑発的なシンポジウムを聴いたことがあった。
そのシンポジウムの内容は、新しい視点なんてそんな簡単に出るはずがない、という予定調和的な印象を持っただけだったのだが、1点、強く印象に残っていることがある。
パネラーの一人の国語学者らしい人が、下人の被っている「揉烏帽子」を「もえみぼし」と読んだ。
まぁ、読み間違えは誰にでもあること、最初はあまり気に留めなかったのだけれども、「揉烏帽子」が出て来る度に何度も何度も同じように読む。たまたま間違えたのではなくて、そもそも「揉烏帽子」の読み方が判らず、文庫本なりなんなりにあったルビ「もみえぼし」を読み間違えて、「もえみぼし」だと思い込んだらしい。
発表後に別のパネラーから読みの誤りの指摘があったのだが、「すみません、手許の資料の写し間違いです」と悪びれもせずに答えていたのには唖然とした。
「揉烏帽子」というものを知らなかったとしても(かく言う僕も、その言葉自体は『羅生門』で初めて触れたような気がするが)、「烏帽子」を知っていれば、読み方は「ナントカえぼし」なんだろうな、と容易に見当は付く。そして、その見当が付きさえすれば、「揉烏帽子」を「もえみぼし」などと読み間違えることはけっしてない。「アボカド」を「アボガド」と間違えるのとは、訳が違うのである。
国語学者だから、とか芥川の専門家じゃないから、とかいうようなこと以前の問題で、日本語話者なら、さらに『羅生門』を研究対象にしようとするほどの者であれば、「烏帽子」を知らないことなんてありえない。そんな者の『羅生門』研究など、たとえ語学的観点からのものだったとしても聴く価値がまったくない…と感じたという思い出話。