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「左師子右胡摩犬」(続)

先に取り上げた獅子・狛犬の左右問題について、Wikipediaの狛犬の項目に、「天皇が南面するときの記述であるため、向かって見た際には左右が逆となる。」という注記があった。

正直、この注記はちょっと惜しい、と思う。
それは、結論として極端に外れてはいないにせよ、この注を書いた人が、たぶん『禁秘抄』を見ていないのだろうと思うからである。
『禁秘抄』の「獅子狛犬」の項の記述は、「在帳前南北左獅子」である。御帳の前の「南北」にあると書かれている。
そして、同書所載の「清凉殿母屋敷設指図」を見ると、下記のような位置関係になっている。

獅子狛犬
稚拙な模写だけれども、原本にもこのように書かれている。
もっと正確に知りたければ、国立国会図書館デジタルコレクションで容易に披見できるからご覧いただきたい。
つまり、帝を主体として左右を表現しているには違いないのだけれども、獅子・狛犬は御帳台の東側にあるのだから、「天皇が南面する」こととは関係がないのである。

もう1点。
前回も引用した新潮日本古典集成の注。

神社の社殿の前に置いてある獅子と狛犬の像。向って左側に獅子、右側に狛犬を置く。魔よけのためという。


「向って」が適切でないことは既に指摘したが、もう一つ、微妙な記述がある。
「神社の社殿の前に置いてある」がそれで、これは後世の参道狛犬をイメージしているのではなかろうか。
参道狛犬だとしたら、子供がいたずらで簡単に向きを変えたりできないし、神官が一人で元に戻すことも容易にはできない。

それに対して、これも前回引用した旺文社文庫の記述。

木か石に彫った獅子と狛犬(高麗犬の義)の像。宮中で、御帳台の帳や几帳が風に吹きあがるのを防ぐための重しとして置き、装飾、または魔除とした。左獅子、右は狛犬。この方式が神社の拝殿にも適用されたのである。


「神社の拝殿にも」というのは神殿狛犬をイメージして記された可能性が高いと思われる。
「後向きに立っていたので、向き合うように置きかえて」と訳したことも併せて、実に正確な注釈だ…と、感じた次第。
[ 2018/10/05 22:56 ] 狛犬 薀蓄 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

「左師子右胡摩犬」

最近、知人に徒然草に登場する「獅子・狛犬」について話をする機会があり、ついでなので手許にある注釈書を一瞥した。
と言っても、専門外だから意外に持っていなかったのと、持っているはずだけれどもどこかに紛れて見つからないものがあり、僅かな資料のみ。

まずは徒然草。

丹波に出雲と云ふ所あり。大社を移して、めでたく造れり。しだの某とかやしる所なれば、秋の頃、聖海上人、その外も人数多誘ひて、
「いざ給へ、出雲拝みに。かいもちひ召させん」
とて、具しもて行きたるに、おのおの拝みて、ゆゆしく信起こしたり。
御前なる獅子・狛犬、背きて、後ろさまに立ちたりければ、上人、いみじく感じて、
「あなめでたや。この獅子の立ちやう、いとめづらし。深き故あらん」
と涙ぐみて、
「いかに殿ばら。殊勝のことはご覧じ咎めずや。無下なり」
と言へば、おのおの怪しみて、
「誠に他に異なりけり」
「都のつとに語らん」
など言ふに、上人、なほゆかしがりて、おとなしく、物知りぬべき顔したる神官を呼びて、
「この御社の獅子の立てられやう、定めて習ひあることに侍らん。ちと承らばや」
と、言はれければ、
「そのことに候。さがなき童べどもの仕りける、奇怪に候ふことなり」
とて、さし寄りて、据ゑ直して往にければ、上人の感涙、いたづらになりにけり。(236段)



「獅子・狛犬」について。

今の狛犬。左右の狛犬のうち、左の口を開いた方が獅子。右の口を閉じた方が狛犬。(久保田淳『新日本古典文学大系』岩波書店)

獅子(左)とこま犬(右)を左右に並べておく。(川瀬一馬『講談社文庫』講談社)

木か石に彫った獅子と狛犬(高麗犬の義)の像。宮中で、御帳台の帳や几帳が風に吹きあがるのを防ぐための重しとして置き、装飾、または魔除とした。左獅子、右は狛犬。この方式が神社の拝殿にも適用されたのである。(安良岡康作『旺文社文庫』旺文社)

神社の社殿の前に置いてある獅子と狛犬の像。向って左側に獅子、右側に狛犬を置く。魔よけのためという。(木藤才蔵『新潮日本古典集成』新潮社)


コマイニストの常識としては、『新大系』の記述の仕方を借りれば、
「右の口を開いた方が獅子。左の口を閉じた方が狛犬」
なのは言うまでもないのだけれども、『新大系』以外は口の開閉については触れられていないものの、揃って右が狛犬、左が獅子としている。

これは、どうやら『禁秘抄』(1221)の記述を根拠としているらしい。
関根正直『訂正禁秘抄講義上』(六合館、1925)によれば、

「在帳前南北左獅子」(「清凉殿」)


とあり、同書36頁に図がある。国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧した。
さらに、『新大系』の口の開閉については『類聚雑要抄』(1146)を参照しているようで、それには、

「但立師子形時者帳前南方帷末之表戸之左右之際相向立之左師子於色黄開口右胡摩犬於色白不開口在角」(巻四「帳事」)


とある。これも国立国会図書館デジタルコレクションに依る。
つまり、諸注の獅子・狛犬の左右の位置についての説明は、一応、根拠があるということである。

ただし、問題は、左右の記述の仕方がこれで注釈として適切か、ということである。
上記の諸注の記述を見ると、いつの時代からか、獅子と狛犬の位置が逆転してしまったように見えるだろう。
諸注にはそのことはまったく触れられていないけれども、徒然草の注釈者にとってみれば、徒然草に出て来る獅子・狛犬を説明できれば十分で、現在の狛犬の状況など知ったことではないだろうから、別段批判すべきことでもない。
が、やはりコマイニストとしては気になるところなので、ひと言物申しておく。

結論から言うと、獅子と狛犬の位置は逆転していないのである。
『禁秘抄』や『類聚雑要抄』の記述は、あくまでも帳内から見て、ということである。『訂正禁秘抄講義上』を見ても、そのような位置関係として図示されている。
現在においても、神社の社殿に向って、ではなく、社殿の側から見て、であれば、左が獅子、右が狛犬である。
が、神社に参拝する我々が獅子・狛犬の左右を考える場合、社殿に向っての左右を思い浮かべるのがふつうで、社殿の側から振り返った位置関係を考えることはまずないと思われる。
とすれば、獅子=左、狛犬=右、という故実書の記述をそのまま記載するのは、間違ってはいないとしても、注釈としては不親切なのではないか。
なお、『集成』の記述「向って左側に…」とあるのは、親切心から加えた説明だろうけれども、かえって誤りになってしまっている。少なくとも『禁秘抄』の図を見てはいないのだろう。
もっとも、ふつう、注釈書を作るのに、作品の読みにはほとんど影響しない獅子と狛犬の位置ごときでそこまで資料を調査したりはしない。親切心が仇になった、というだけのことである。

強いて言えば、宮中の置物としての獅子・狛犬が神社の獅子・狛犬とイコールかどうかは何とも言えないところではあるものの、現在の獅子・狛犬と矛盾するところはないから、『禁秘抄』や『類聚雑要抄』を資料として用いることに、問題はないと思われる。

さて、もう一つ気になった点。
旺文社文庫では、「背きて、後ろさまに立ちたりければ」に「背中を向け合って、後向きに立っていたので」、「据ゑ直して」に「向き合うように置きかえて」の訳を付けている。
「背きて、後ろさまに立ちたりければ」を、獅子と狛犬が背を向けて、反対方向を向いている、と解釈している。
本文を読んでいるだけであれば、「通常なら前を向いている(社殿に背を向けている)ものを、いたずらで後ろを向けられた(社殿の方を向けられた)」と取れないこともないのだけれども、明確にそのように解釈しているのは、『類聚雑要抄』の「相向立之」を根拠としているのかもしれない。
だとしたら、この注釈者は、ふつうならやらないような資料の博捜を、きちんとやっていたことになる。
[ 2018/10/04 14:41 ] 狛犬 薀蓄 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

狛犬屏風

「狛犬屏風」なんていうタイトルを見ると、どこかの博物館やら由緒ある神社の宝物殿やらに秘蔵されているようなたいそうご立派な代物を思い浮かべられるかもしれないけれども、悪しからず、まったくもってそんなものではない。
材料は官製葉書の反故2枚、コピー用紙の切れ端、及び狛犬の写真5~6枚で出来上がる、何とも安上がりなものである。

一見何の変哲もない2曲の屏風。

狛犬屛風1

裏面は当然こんな感じ。

狛犬屛風2

畳んで反対側を…

狛犬屛風3

開くと、

狛犬屛風4

もう一度逆向きに畳んでその反対側を…

狛犬屛風5

開くと、

狛犬屛風6

…てなわけである。

東京スカイツリーの真下と言って良い場所にある下町の老舗、片岡屏風店でからくり屏風の作り方を教わった。
忘れないようにと有り合わせのもので作ってみて、ついでだから狛犬の写真を貼ってみただけのものである。
もう少し時間を掛けて丁寧に作ればもっときれいに仕上がるはずだが、あくまでも試作品ということで。
[ 2014/08/07 00:59 ] 狛犬 薀蓄 | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

松濤美術館に行った

先日、松濤美術館で開催されている「古道具その行き先―坂田和實の40年―」について書いたが、今日、朝一で僅かに時間が取れたので行って来た。

明治〜大正期の野良着だとか、ドラム缶の蓋だとか、コーヒー用ネル布だとか、ふつうの電卓(ただしドイツ製)だとか…そんな何の変哲もないものにアートを感じられるほど達観できていないのが遺憾ではあるけれども、江戸末〜明治の質屋包み紙とか、14〜18世紀初期のオランダ・イギリスのナイフとフォークなど、見ていて若干興味を引かれるものも、ないではなかった。
古くはB.C.3〜4世紀のエジプトのマミーマスクから現代日本の段ボール再生梱包材まで、時代も洋の東西も問わず、雑多なものが集められているところに、きっと意味を見出さなければならないのだろう。

それはそれとして、目当ては「室町時代のこま犬」である。

室町時代の狛犬

何せ「古道具」として出品されているものだから、本当に室町のものかどうか、学問的な裏付けがあるかどうかは判らない。が、それなりに古いものであるのは間違いなさそうである。
写真では良く判らないが、正面から見ると、なかなか良い顔をしていた。
なお、上の写真が中途半端な構図なのは、前足部分が欠けているからである。にしても、もう少し違う撮り方はなかったものかとは思うのだが…。

こういうものは、見れば「こんなものか」という程度だが、見なければ思いが残るので、入館料300円+交通費ほどの出費なら、見て置いて損はない。

会期は明日(25日)まで。
[ 2012/11/24 22:22 ] 狛犬 薀蓄 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

「古道具その行き先」

神泉の松濤美術館で、「古道具その行き先―坂田和實の40年―」が開催されている。

1973年に古道具店を開いて以来、坂田和實の提案してきた美学は着実に共感者を増やしてきました。今やその影響は骨董のみならず、雑貨、ファッション、インテリアなど広範囲にわたって着実の定着しています。美意識の開拓者として、現代のライフスタイルを導いてきた坂田自身のルーツと展開をたどり、現在の境地までを、これまで直接、間接に関わった数々のものたちにより紹介する展覧会です。

 
中でも、どうやらこれがメインらしい。

室町時代のこま犬

詳細は判らないが、「室町時代のこま犬」だそうである。

昨日知っていれば行けたのだが、今朝の新聞で知ったので行けなかった。
興味のある方は、時間の都合が付けば、行かれてはいかがか。

11月25日まで。
[ 2012/11/19 22:00 ] 狛犬 薀蓄 | コメント(2) | TB(1) |  TOP△

「暗剣白梅香」

今日、時代劇専門チャンネルで『鬼平犯科帳』をやっていたのをたまたま見た。中村吉右衛門ではなく、先代の松本幸四郎(白鸚)主演のもので、話は「暗剣白梅香」。
中で、長谷川平蔵の暗殺を依頼した元締・三の松平十と辻斬り・金子半四郎が人気のない社で落ち会う場面があったのだが、注目すべきことに、そこに狛犬が登場した…といっても、『鬼平犯科帳』を見ていてそこに注目する人はほとんどいなかろうが。

さて、登場した狛犬は、こんな感じのものだった。

妙見山別院

画面が白黒で闇夜の場面、しかも狛犬をアップで撮っているわけでもないのだから定かには言えないが、新しそうな感じで、白い狛犬の姿が浮かび上がっていた。
もちろん、いつの時代でも造りたての狛犬はいて当然だから、時代劇に真新しい狛犬が出て来たとしてもまったく不思議ではない。
が、上記のものは昭和40年代以降に量産されたタイプで、当然ながら平蔵在世の1700年代後半には、こういう姿の狛犬はなかった。
「暗剣白梅香」が放映されたのは昭和44年(1969)、ちょうどこのタイプの狛犬があちこちに建てられ始めた頃のことである。

きちんと時代考証をしていれば、こういうタイプの狛犬が『鬼平犯科帳』に登場することは…いや、そんなことに注目する人はほとんどいないから、どうでも良いことである。ただ、薀蓄を語ってみたかっただけである。
[ 2012/10/30 16:09 ] 狛犬 薀蓄 | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

昔撮った狛犬

言わなくても判るだろうが、僕は狛犬好きで、当ブログにも度々狛犬の写真をアップしている。
が、元々狛犬を取り上げるつもりもなく始めたブログなので、気が向いた時には纏めてアップするけれども、そのほかに書きたいことがあれば、さっぱり載せないこともある。
それはそれで、今後も方針を変えるつもりは別段ない。

ところで、これは僕の整理が悪いからなのだが、写真は撮ったものの、どこの狛犬だか判らなくなってしまっているものが、少なからずある。
それが、このブログをやっているお陰で知った他の方のブログで紹介されている狛犬の写真を見て、「あぁ、この神社の狛犬だったのか!」と気づかされることが、しばしばある。
そうやって気づかされることがあるとは言え、以前撮った写真をそのままにしておくと、気づかされることよりも、判らなくなることの方が、遙かに多くなるだろうことは、必定である。

それで、昔撮った狛犬を、何だか判らなくなる前に、アップしておこうと考えた。

今回は、予告のみ。
[ 2012/08/10 23:59 ] 狛犬 薀蓄 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△