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1001/1501/1613

京急ネタ続き。

新1000形001編成。

1001
1001

大師線で見掛けた1501編成。

1501

新1000形613編成。

1613

これまでのものはトップナンバーが珍しいんだろうな、と思えるかもしれないけれども、これは判らない人には何が珍しいのかはまったく判らないだろう。
新1000形にはいくつかの形式があって、限りなく大まかに言うとアルミ製とステンレス製があるのだが、ステンレス製の車輛には塗装を施す必要がないから、京急では初めて塗装をしない車輛が登場した。
銀色の車輛は他社では珍しくもないけれども、昔からの京急ファンには評判がイマイチで、若干の揶揄を込めて、「新1000形」ならぬ「銀1000形」などと呼ばれる…らしい(息子の受け売り)。
それで、従来の赤白のツートンをラッピングで実現して京急らしさを出すようになったのだけれども、この編成から、「塗装」が復活したのである。
むろんステンレス車に塗装は必要ないし、塗料の分重くなるから実用的には百害あって一利なしとも言える。が、京急らしさを出すためには「塗装」を施す必要があるという判断で登場した車輛である。

京急続きのエントリも、ここまで。

(SONY Cyber-shot DSC-RX100M3)
[ 2018/08/24 00:08 ] 旅・散策 京浜急行 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

800形のことなど(その3)

「800形のことなど(その1)」「800形のことなど(その2)」の続き。

前2回にも増して思い入れのない人にとってはどうでも良い内容。

800形内装あれこれ…という割には少ないが。

800

車端部にある座席。
1人で坐るにはやや広く、2人で坐るにはかなり狭い。

800

扉。
何のこっちゃ? と思われるだろうけれども、京急で片開ドアなのは今や800形のみである。
この扉の所為で今後のホームドア設置に対応できず、引退を早める結果になってしまうのだけれども…。

800

窓枠。
何だこれは? と思われるだろうけれども、京急の車輛としては初めてのFRP一体成型の窓枠だった。ブラインドの留め金が飛び出しているので、坐っていると背中に当たって微妙に痛い。

800

デビュー当時は珍しくもなかったけれども、冷房効率の良くなった今、扇風機が付いている車輛はほかにない。…という珍しさだけでなく、京急のロゴは現在では「KEIKYU」だけれども、当時の「KHK」というロゴが残されている点でも価値がある。

800

説明不要、というより、説明しなければ判らない人には説明しても判らない。
「東急車輛」製造、「京急車輛」更新。現在の「総合車両製作所」と「京急ファインテック」である。

(SONY Cyber-shot DSC-RX100M3)
[ 2018/08/20 00:00 ] 旅・散策 京浜急行 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

800形のことなど(その2)

「800形のことなど(その1)」の続き。

その後あちこちに行って、金沢八景駅から快特に乗って帰ろう、と思って2100形車輌を待っていたのだが、何故か2回続けて他の車輌の代替運行だった。
2回と言っても2100形が来るのは20分に1本なので、さすがに諦めて1500形車輌で来た快特に一旦乗ったのだけれども、やはり別の車輌を乗り継いで行こうということで、上大岡駅で降りた。
…と、向かいの下り線に800形が、しかもリバイバル塗装の車輌がやって来た。
後続の快特で金沢八景駅まで戻れば確実に追いつける。…ということで、乗ることができないと思っていた思い出の800形に乗ることができたわけである。

823
823

(SONY Cyber-shot DSC-RX100M3)
[ 2018/08/19 22:06 ] 旅・散策 京浜急行 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

800形のことなど(その1)

思い入れのない人には何の意味もないだろうけれども、思い入れのある僕にとっては大きな意味がある。

京急の800形車両については、以前にも記事を書いたことがある。
2箇月ほど前に、息子が1人で電車の写真を撮りに行ったのだが、貸したカメラの画像を見たら、そこに800形のリバイバル塗装の車輛があった。引退も間近だろうから、僕はもう乗ることはできないだろうと思ったけれども、写真だけでも見ることができて良かった、と思っていた。
…のだが、その後何回か息子が写真を撮りに行く度に、800形に遭遇したという。それで、もしかしたらまだ乗れるかもしれないと思って、ノウハウを持っている息子にスケジュールを任せて一緒に行ってみた。
それで、写真は僕が撮ったのと息子の撮ったのとが混在するけれども、大した違いがあるわけではない。

まずは北品川駅で降りて、定番の八ツ山橋で各種車輛を撮影しつつ待っていると、上り普通・品川行が通過。821編成。

821

北品川駅に戻れば、程なく折り返して来るこの車輛に乗れる。
…というわけで、念願適って800形車輛に乗ることができたわけである。

途中駅で、通過待ちで〇分停車などという情報も息子が持っていたので、停車中に外に出て撮影した。息子に訊けばどこの駅だったか即答するだろうけれども、まぁ、良いだろう。

821

その後、多摩川の河川敷で撮影がしたいという息子に付き合って、六郷土手駅で降りた。

821

リバイバル塗装ではなかったけれども、思い出の800形に乗れて満足した、という話。

多摩川でも800形に遭遇。825編成。

825

名前はそのまま、京急多摩川橋梁というらしい。

(SONY NEX-6 + E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS / Cyber-shot DSC-RX100M3)
[ 2018/08/16 22:09 ] 旅・散策 京浜急行 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『なぜ京急は愛されるのか』

最近読んだ本。

佐藤良介『なぜ京急は愛されるのか “らしさ”が光る創立120年の軌跡』

『なぜ京急は愛されるのか』

京急ファンが京急ファンのために書いた京急の本。

京急ファンが書いた、と言っても著書が多数ある(ほぼ京急関連のものだが)プロのライターと言って良い人ではあるのだけれども、熱烈な京急ファンであることは間違いない。
京急愛のあまりの強さに、京急の御用ライターか? 京急から金でも貰っているのか? と思われかねないほど誉めに誉めまくる。が、広く深い知識の上で語られている愛だから、京急嫌いの人でない限り、(そしてそういう人はこの本を手に取ることはないだろうから事実上読者全員)微笑ましい気持ちで読むことができるだろう。
京急に馴染みのある人であれば、マニアックな知識を持っている人でなくても、何となく思い当たるフシのあることがちょくちょく出て来る。
面白過ぎる。
[ 2018/03/25 10:18 ] 旅・散策 京浜急行 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

2000形

予想はされていたものの、ついに引退

たぶんぼくが高校生の頃に登場した、とてつもなくカッコいい電車だった。

2000形

800形の引退も、そろそろなのだろう。
[ 2018/03/10 23:13 ] 旅・散策 京浜急行 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

新1000形

昨日に続いて、これも載せておく。

新1000形16次車。
16次車

ついでに、去年乗りに行った新1000形1800番台。

1800番台
[ 2017/06/17 23:39 ] 旅・散策 京浜急行 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

「逗子←→八景」

もう1箇月近く経ってしまったけれども、これだけは載せておこうかと思う。
京急ファインテック久里浜工場にて。

800形リバイバル塗装。

800形

この車両で「正面方向幕実演」をやっていて、観衆のリクエストに応えて方向幕を変えていた。
800形に相応しい方向幕といっても、ぼくは「急行 新町」行くらいしか思い付かないのだけれども、やはりマニアな人はいるもので、こんなリクエストがあった。

800形

たぶん逗子線沿線の住人にしか判らないだろうけれども、深夜帯にこの折り返しの電車が走っていたのである。

なお、急行なんだけれども、この区間は全駅急行停車駅だから、実質各駅停車である。
[ 2017/06/16 23:27 ] 旅・散策 京浜急行 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

800形

個人的には、ここ最近のニュースの中ではかなり大きなものに属す。
ボブ・ディランのノーベル賞受賞より大きいと言っても良いかもしれない。

32年の時を超えて デビュー当時の姿で走り出す!
800形 リバイバル塗装車両 登場


京浜急行電鉄株式会社(本社:東京都港区、社長:原田 一之、以下 京急電鉄)では、おもに京急本線の普通電車として活躍している800形車両1編成が2016年11月13日(日)から、装いを新たに“デビュー当時の塗装”にリバイバルし運行を開始いたします。

京急800形は、1978年にデビューした車両で、当社初のワンハンドルマスコンや回生ブレーキを採用した省エネルギー車両です。
斬新なデザインや設計、性能などが評価され、1979年に、鉄道友の会より当社として初のローレル賞を受賞しました。
デビュー当時は、側面の窓周りを広幅に白く塗り分けるデザインでしたが、1982年から1984年にかけて現在の塗装に変更されました。
今回、約32年ぶりにデビュー当時の塗装に塗り替え、リバイバル塗装記念ヘッドマークを取り付け、京急線内を疾走します。(KEIKYU WEB)


忘れもしない小学校6年生の時、同級生の京急マニアが、京急の広報誌を持って来た。後に『なぎさ』と名を変えるが、当時は(たぶん)『京急インフォメーション』と言っていた。
京急と言えば、大手私鉄であるにもかかわらず、どことなくローカルな香りを湛えていたが、その表紙に載っていたのは斬新な(と言っても京急の赤と白であるのには違いないが)カラーリングの新型車両の写真だった。
『京急インフォメーション』は1色刷りの地味な広報誌だったが、この号だけはフルカラーで、この車両に籠める期待が子供心にも感じられた。

800形

間もなく中学生になって段々と電車に乗る機会も増えて、特別に電車好きだったわけでも何でもないのだけれども、この車両が来ると何となく嬉しかったのを覚えている。
本線の急行・普通に使われていたから、高校時代には頻繁に乗っていたし、大学以降で快特・特急に乗ることが増えてからも、最寄り駅が急行しか停車しない駅だったから、乗る機会は多かった。

2000形車両がデビューしてから他の京急線車両と同じ窓下の一本線に変更された時には、ちょっと残念な思いがした。それが、当時の塗装で走るというのである。
今では同じく一本線に変更された2000形にもリバイバル塗装の編成はある。が、2000形のリバイバル塗装だけで、当時の姿とは違って、3扉・ロングシート化されてしまっている。
それに比べると、800形は、むろん経年による様々な車体更新がされているとはいえ、ほとんど昔のままで、「KHK」のロゴの付いた扇風機まで残っている。それが、僕が小学生の時に大きなインパクトを受けた塗装の姿で、走るのである。
今や絶滅危惧種の車両で、さらにその中の1編成だけだから、見ること、乗ることができるかどうかは判らないけれども、何とも嬉しいニュースだった。

それで、今日がその営業運行開始の日なのである。
[ 2016/11/13 21:12 ] 旅・散策 京浜急行 | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

車掌激走

車掌激走、電車に追い付く 京急北品川駅で置き去り

14日午前0時10分ごろ、京浜急行電鉄北品川駅(東京都品川区)で、品川発京急川崎行き普通電車(6両編成)が、男性車掌(21)をホームに置き去りにしたまま発車した。車掌は約700メートル先にある次の新馬場駅(同区)まで、線路と並行する国道15号をダッシュし、到着して待機していた電車に再び乗って業務を続けた。

京急によると、車掌は北品川駅の出発直前、最後尾の乗務員室から身を乗り出して安全を確認しながらドアを閉め、運転士にブザーで出発可能の合図を出した。その際、アナウンスで使うマイクをホーム上に落としてしまい、拾おうとして乗務員室を出たところ、電車が発車したという。

車掌はすぐに北品川駅の事務室へ行き、運行を管理する司令に報告すると、新馬場駅まで走って向かうよう指示された。

京急は「あってはならないことであり、基本動作を再徹底させる」としている。(産経ニュース)


ミスはミスだけれども、これはなかなかすごい。

北品川と新馬場の間は700メートルもない気もするけれども、それは良しとしよう。
何がすごいといって、列車の遅れが5分だったという点である。終電で、日中より停車時間が長かったのだろうけれども、それにしても速い。
そもそも、この車掌殿、ただ駅間の国道を走っただけではない。
「品川発京急川崎行き」というのは下り列車なのだが、「北品川駅の事務室」は、他の記事によれば上りホームにあるらしい。
とすれば、まず、下りホームの最後部から最前部近くまで行って跨線橋を上り下りしなければならない。
そこで「指令」からの指示を受けた後に改札を出る。
それから国道を走って隣駅に到着。
問題は、よりによってそこが新馬場駅だということである。
新馬場は高架駅で、かなりの段の階段を駈け上ることになるのだけれども、実はそれで終わりではない。
この駅はホームの長さが200メートルほどもあって、車両はその中央付近に止まっている。6両編成なら100メートル程度しかないだろうから、ホームに着いてからまだ50メートル近い距離を走らなければいけない。精神的には、このホームダッシュが、案外きつかったのではないか。

京急電鉄としては件の車掌殿を褒めるわけには到底行かないけれども、実はかなりの人気者になっているだろうことは、想像に難くない。
[ 2015/10/15 23:39 ] 旅・散策 京浜急行 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△