『広辞苑 第七版』

広辞苑、誤り指摘の「LGBT」などを訂正 HPに掲載

 岩波書店は25日、10年ぶりに改訂した広辞苑第7版で語釈の誤りが指摘されていた「LGBT」と「しまなみ海道」について、新たな語釈を同社のホームページに掲載した。「訂正すべき項目はこの二つだけ」としている。

 LGBTは「広く、性的指向が異性愛でない人々や、性自認が誕生時に付与された性別と異なる人々」とした。発売済みの広辞苑には「多数派とは異なる性的指向をもつ人々」と記載され、「生まれた時の体の性別とは異なる生き方をするトランスジェンダーの説明になっていない」との指摘を受けていた。

 しまなみ海道は、実際には通らない周防大島を経由すると記載し、愛媛県今治市の「大島」と山口県南東部にある「周防大島」を間違えて載せていた。

 書店に並ぶ広辞苑について、同社は「重版のタイミングで正しい内容に切り替える」としている。(朝日新聞DIGITAL)


そもそも辞書に書かれていることがすべて正しいと考えること自体が間違っているので、辞書に何がしかの誤り(見解の相違も含め)が含まれいるのは当然である。まして改訂直後のものなら猶更。
ネットを含めて、鬼の首を取ったようにどこそこの記述が間違っている、という記事が散見する(我が家で購読している新聞でも)けれども、辞書の記述に誤りがあることは、そこまで非難されるべきものでもない。
辞書は教典ではないのだから、信奉するものではなく、間違いが判明したら、素直に反省して直せば良いので、岩波書店の「重版のタイミングで正しい内容に切り替える」というのは妥当な対応だろうと思う。

ただし、記事にある「訂正すべき項目はこの二つだけ」というのはいかがなものか。
岩波書店のホームページの「『広辞苑 第七版』読者の皆様へ」と題するページにはその記述は見当たらないが、もしどこかでそういうことを言っているのだとしたら、「現時点では」くらいの但し書きを付けておいた方が良いだろうと思う。別の間違いが見つかったら、その時にはまた直せば良いのだから…。

『重箱の隅から読む名場面』

当ブログの数少ない読者諸兄に告ぐ。
敢えて理由は言わないが、本書を強く推奨し、購入を懇請する。

馬上駿兵『重箱の隅から読む名場面』

馬上駿兵『重箱の隅から読む名場面』

以上。

神保町ブックフェスティバル

例年、神田古本まつりの一環で、神保町ブックフェスティバルが開催される。
目玉はいろいろあるのだろうけれども、神保町の古書店街に比較的容易に行かれる者にとっては、古本よりむしろ、各出版社が出店して新刊書籍を販売する企画に食指が動く。
定価販売が原則の書籍だけれども、「ちょっと汚れておりますので」という名目で、実際にはさして汚れていないものが格安で入手できる。近年では、ふつうの書店でも自由価格本が扱われるようになっているとはいえ、その比ではない安さのものが、少なからずある。
そもそも書籍なんて、新刊として書店に並んでいるものだって、多少なりとも汚れていることがあって、本当に汚れていたところで、決定的な瑕疵になるものではない。
そして、神保町界隈に社屋を構える専門性の高い小さな出版社が多い分、魅力的なものが見つかることもある。
今回、10分くらいしか時間がなかったのでざっと見回しただけだったのだけれども、目に付いた本が1冊あったので購入した。

その本…が何かは書かずにおくけれども…が出版されて間もない頃だったと思うのだが、著者と思いがけない場所でお目に掛かったことがある。
それ以前にも小さな学会で一度会ったことがあったので、こちらから声を掛けた。先方は僕の顔までは覚えておらず、名乗るまで気づいていなかったのだが、そうと判ると急に慌て出して、「著書では酷いことを書いてしまって…(もごもご)」。その場はそのまま別れたのだが、何だ、酷いことを書かれているのか、と思ったまま、その本も読まずにいた。それが、特価で出ていたので購入したのである。
で、読んでみたら、ちっとも酷いことなんか書いていない。むろん反論したいところもないわけではないけれども、それはお互い様、真っ当な批判である。
何せ、根拠も明示せずに「理解できない」なんていうことを平気で書く人がいるような世界である。こんな批判なら、望むところである。
本来なら、きちんと学問的な場で批判を展開すべきなのだろうけれども、学説の相違はあるにしても、大筋の立場には異論がないので、改めて何かを書く気力が沸かない。それで、こんなところでお茶を濁しているわけである。

とまれ、それほど気にしていたわけではないのだけれども、ほんの僅か何となくもやっとした気分がないでもなかったのが、きれいさっぱり晴れたのは、神保町ブックフェスティバルのお陰である。

『[文法]であじわう名文』

当ブログの数少ない読者諸兄に告ぐ。
敢えて理由は言わないが、本書を強く推奨し、購入を懇請する。

馬上駿兵『[文法]であじわう名文』

[文法]であじわう名文

以上。

『高等学校 古典B 古文編』

ごく軽いわけがあって、神田の三省堂書店で、『高等学校 古典B 古文編』(三省堂)を買って来た。書名から判る通り、高等学校の国語(古文)の教科書である。
見てみると、実に良く出来ている。僕の認識不足なのだが、高校でこんなにきちんと古文を取り扱っているとは思っていなかった。高校生がこれをきちんとこなしているとすれば、大学の国文学科の学生の過半は足元にも及ばないだろう…いや、国文科の学生は、これをきちんとこなして来ているはずだが…。

それはともかく、教科書は注釈書ではないから、それほど多くの注が付けられてはいないし、現代語訳があるわけでもない。だから、ポイントになるところは高校の先生が説明したり生徒に辞書を引かせたりしなければならない。文法事項も、別途学習させる想定だろうから、個別には付けられていない。

また、生徒に考えさせるべき設問にも、なかなか難問がある。

たとえば、こんな例である。

いづれの御時にか、女御、更衣あまた候ひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。(源氏物語・桐壺)


これを高校生に判らせるためには、「女御」「更衣」の意味、それが「あまた候」うというのはどういうことなのか、等の説明をしなければならないから、そこまででもひと苦労だろうと思う。
そのうえで、ここには次のような問題が用意されている。

「あらぬ」の下に省略されている語は何か。


問題の回答自体は、指導資料に書かれているとは思うが、それをそのまましゃべるだけ、というわけにも行くまいから、自分でもある程度は調べなければならないだろう。

そこで、披見の容易な主要な注釈書を見てみる。
『日本古典文学全集』の現代語訳「たいして重々しい家柄ではない方で、目だって帝のご寵愛をこうむっていらっしゃる方があった。」
『日本古典文学大系』頭注「位が高く勝れた身分(分際)ではない方(者・人)で。」
『新日本古典文学大系』脚注「たいして重んじられる身分の家柄ではない女性が目立って寵愛を受けておられる(そういう)方がいたことだ。」

どうやら、「方」とか「者」とか「人」とか「女性」とかが省略されていることは判った。いずれにせよ、桐壺更衣と言われる女性が該当する。
これで答えは出たと言って良いだろうが、そのうえで、先生は生徒に理解させるための説明をしなければならない。それが、難しい。

先の『全集』の頭注には、「「が」は主格助詞。逆態接続助詞としての用法は十二世紀以降に発生。」とある。これは、「たいして重々しい家柄ではないけれども」という逆接の表現ではない、という説明なのだけれども、訳には「方で」とある。主格助詞なら「で」とは訳せないはずで、これでは所謂同格である。ここを生徒に突っ込まれたら、答えに窮すことは間違いない。
『大系』には詳しい補注があるのだが、それを見ると、「が」を「指定格(または中止格)」とすべきという説明がある。当否はともかくとして、こんな耳慣れない用語を高校で教えたら、クレームが来ること請け合いである。
『新大系』の注は、「が」を主格助詞として訳しているのは良いのだが、それがために「女性が〜方が〜」ということになって、文脈として判りにくくなってしまっているから、高校生にそれで納得せよ、というのも難しい。
そのほか、『新潮日本古典集成』傍注に「それほど高い身分ではなくて」とあるのだが、「が」が接続助詞「て」に置き換わっている上に、肝心の「省略」については何も書かれていないから、参考にならない。

さて、お手上げである。指導資料様、助けて…になると思うのだが、それは売っていないから、どんなことが書いてあるのかは僕には判らない。

とまれ、高校の先生は、大変なんだな。

『文豪たちの「?」な言葉』

当ブログの数少ない読者諸兄に告ぐ。
敢えて理由は言わないが、本書を強く推奨し、購入を懇請する。

馬上駿兵『文豪たちの「?」な言葉』

文豪たちの「?」な言葉 (新典社新書 64)

以上。

『「暁」の謎を解く』

出版されてすぐに手に入れたものの、久しく積ん読状態になっていたのを、先日思い立って読んだ。

学問的に見える書物で、書名に「謎」だの「暗号」だのが入っているものは、信用できない場合が多い。
が、稀に良書がある。

小林 賢章『「暁」の謎を解く 平安人の時間表現』

「暁」の謎を解く 平安人の時間表現 (角川選書)

「明く」は寅の刻(午前3時)になることを言い、それが古代の「日付変更時点」であるのだという。
そして、夜が「明け」た後、3時から5時を「暁」と言う。したがって、「暁」はまだ暗い時間帯である。

むろん、検証の必要はある。比較的一般向けの本で、論拠となる用例も十分とは言えない面はあるけれども、大筋で、正しいのではないかと思う。

「明く」のを午前3時と考えることで、今まで判らなかったことが判るようになった気がするところが幾つかある。
そのうち纏めてみようという気になっている……のだが、如何せん、先は遠い。

「いろはうた」

「いろは歌」最古の全文、土器に…平安京跡

京都市中京区の平安京跡で出土した12世紀末~13世紀初めの土器に、平仮名の「いろは歌」のほぼ全文が墨で書かれていたことが分かった。

京都市埋蔵文化財研究所が27日発表した。いろは歌の全文がわかる資料では国内最古という。

貴族や皇族の邸宅「堀河院」跡の発掘調査で1983年に出土した土師器の皿(直径9センチ)の裏側に、赤外線などを用いた再調査によって、いろは歌47文字のうち43文字が確認された。

右端に最後の行の「ゑひもせす」があり、次の行に書き出しの「いろはにほへと」がある。最初は余裕を持って書き進めたが余白がなくなり、最後の行を右端に書いたとみられる。字は拙く、「よたれそ」を「よたそれ」と書き損じており、犬飼隆・愛知県立大教授(日本語史)は「和歌を習い始めたばかりの貴族の子弟が一生懸命書いたとも想像でき、かわいらしくも思える」と話す。(YOMIURI ONLINE)


「堀河院」と言えば、伊勢物語(6段)に「堀河のおとど」と出る藤原基経(836-891)の屋敷として有名だが、12世紀末〜13世紀初の頃、誰が住んでいたのかは存知しない。『讃岐典侍日記』で知られる堀河天皇(1079-1107)の里内裏だったのよりも後の時代である。
もっとも、僕の持っている歴史辞典によれば、堀川院は「保安年間(1120-23)の焼失後絶えた」とあって、実際のところどういう経緯なのかは判らない。

なお、この記事の「いろは歌の全文がわかる資料では国内最古」には誤認があって、いろはうたそのものは、『金光明最勝王経音義』にある承暦3年(1079)のものが最古である。さらに揚げ足を取れば、確認できるのは「47文字のうち43文字」なわけだから、『金光明最勝王経音義』が「全文」なのに対して、こちらは「ほぼ」全文である。
ただし、『金光明最勝王経音義』は漢字で書かれているから、これはかなでほぼ全文が書かれたものとして、最古ということである。
さらにさらに揚げ足取りだが、「和歌を習い始めたばかりの貴族の子弟が」というのは、「文字を習い始めたばかりの貴族の子弟が」ではなかろうか、と、思う。

文字を見ると、素朴というよりはむしろ稚拙で、美術的な価値は感じられない。記事のとおり、子供が文字の手習いで書いたものが、偶々残ったものなのだろう。むろん、いろはうたが手習いの教材に使われていたというのも、特段新しい知見ではない。

とはいえ、こういう記事を見ると、意味もなく心躍る…とまでは行かないけれども、心揺れるくらいのものはあって興味深い。

国会図書館の蔵書、電子書籍化

今日、気になったニュース。

国会図書館の蔵書、電子書籍化して配信 文化庁が実証実験

文化庁は1月29日、国会図書館でデジタル化済みの資料を権利処理して電子書籍化し、電子書店を通じて一般ユーザーに配信、活用法や課題を探る実証実験「文化庁eBookプロジェクト」を、2月1日にスタートすると発表した。

「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する実証実験」(主査:福井健策弁護士)の一環。野村総合研究所がプロジェクトを受託し、紀伊國屋書店が配信に協力する。

配信するのは、絵巻物そのものを読むようにスクロールしながら閲覧できる「平治物語〔絵巻〕」のほか、竹久夢二作品を国会図書館の電子化資料から挿絵、青空文庫からテキスト部分を組み込んで見開きごとに動物のスケッチと文章を組み合わせて読めようにした「コドモのスケッチ帖 動物園にて」、国会図書館のデジタル資料でアクセス上位の「エロエロ草紙」(酒井潔)など13作品。

将来、民間事業者や公的機関などが、既存のデジタル資料を基に電子書籍化して配信する場合の参考となるよう、結果や課題をまとめる。(ITmedhiaニュース)


僕の脳ミソが使い物になる内に、一足飛びに実用に耐える段階が来るはずがないのは自明だが、期待を抱かせるニュースではある。

何なら、僕の書いたものも、無料で配信してもらって構わない。

最古のひらがな

最古のひらがな 9世紀後半の土器に墨書
最古のひらがな

京都市中京区の平安京跡にある平安時代の有力貴族邸跡で出土した9世紀後半の土器片から、多数の平仮名の墨書が見つかり、京都市埋蔵文化財研究所が28日、発表した。平仮名は勅撰和歌集「古今和歌集」や「土佐日記」が編集された10世紀前半に確立したと考えられてきたが、通説より半世紀程度早く完成したことを示す一級の発見。完成された平仮名の文書としても最古とみられる。

土器は、右大臣を務めた藤原良相(813~67)邸跡で昨年11月に出土。庭の池(20メートル四方)に張り出した「釣殿」とみられる建物跡の周囲から、9世紀半ばから後半にかけての特徴を持つ皿や高坏など墨書土器の破片約90点が見つかり、うち20点で計約150字の平仮名が書かれているのを確認した。(YOMIURI ONLINE)


文字の歴史について詳しくはないから、コメントは差し控えるけれども、興味深い発見であることには間違いない。
なお、記事に出て来る藤原良相(よしみ/よしあう)は、あまり聞いたことがない、という人も多かろうけれども、藤原冬嗣の子、良房の弟に当たる人物である。その子に、国経・基経(良房の養子となる)・高子(清和帝后)がいる。伊勢物語を良く知っている人には、お馴染みのことだろう。