「蚊帳の外」

先日、CS放送で「吉田拓郎&かぐや姫 in つま恋2006」をやっていた。
過去にNHKで放映していたものをそのまま放送したもので、画面に表示されているNHKのロゴまでそのままだった。
長いので全部は見ておらず、最初のあたりの拓郎のステージを見たのだけれども、「ペニーレインでバーボン」を歌っていたのにちょっと驚いた。
驚いたのは、この曲は初期のアルバム『今はまだ人生を語らず』に収められている名曲なのだが、この曲があるお陰で、アルバムが廃盤になったまま再発されない、という謂れのある曲だからである。
まったくバカみたいな話なのだが、「テレビはいったい誰のためのもの/見ている者はいつもつんぼさじき」という歌詞が、問題なのだと言う。

それで、テレビで見た「ペニーレインでバーボン」である。どうするのかと思って見ていたところ、拓郎は、「見ている者はいつも蚊帳の外で」と歌っていた。
時代とともに歌詞が変わることはまったく否定しないし、今更拓郎に何かと戦ってもらいたいとも思っていない。それに、言い換えとしてはかなり巧みな部類に入るのではないかとも言えるのだけれども、何となく興醒めな気がしなかったわけでもない。

押っ取り刀

先週全国規模で執り行なわれた超巨大な試験の試験会場での出来事。
ある監督者の曰く、
「時間がタイトだからオットリガタナでやってたら間に合わねぇな」

…S教授、タイトだからこそ「オットリガタナ」で行動するよう願う。いや、それでも慎重に…。

「学者・博士」

アンケートが選択式か記述式かでも事情は異なるのだけれども…。

男子がなりたい職業1位は「学者・博士」 第一生命調査

 男子が大人になったらなりたい職業1位は、学者か博士――第一生命が1月5日に発表したアンケート調査でそんな結果が出た。15年ぶりにトップに返り咲いた。

 学校以外でも理科実験を行う私学塾が登場するなどして、自ら探求したいと考える子どもが増えていると同社は分析。2014年から3年連続で日本人がノーベル賞を受賞しているトレンドも相まって、人気が上昇したという。

 17年には“天才物理学者”が主人公の「仮面ライダービルド」(テレビ朝日系列)も放送され、注目を集めていた。

 2位は野球選手、3位はサッカー選手と続いた。野球選手がサッカー選手を上回ったのは8年ぶり。女子では、1位が食べ物屋さん(21年連続)、2位が看護師さん、3位が保育園か幼稚園の先生だった。

 調査期間は17年7~9月。全国の未就学児と小学生(1~6年生)1100人から回答を得た。(ITmedia)


産経新聞の記事には「学者・博士になりたい男の子では「がんを完璧に治したい」「遊んでくれるロボットをつくりたい」と理系の科学者が注目を集めた。」とあって、それ自体は大変結構なことである。
が、ひとつ言っておくと、学者も博士も「職業」ではないのだが…。

「言い訳」と「説明」

ある物故した日本語学者が、生前良く待ち合わせに遅れて来たのだが、来るとその途端に、必ず何故遅れて来たか、という話を始める。
恩師が、彼は良く言い訳をする男だ、と言ったのに反論して曰く、
「自分のしているのは言い訳ではなく説明である。
言い訳と説明は違う。言い訳は自分のためにするもので、説明は他人のためにするものである。
相手は、きっと何故自分が遅れて来たのだろうと思っている。
自分は、その疑問を解消すべく、相手のために説明をしているのである。」
と。
非常に厳格で論理的な研究をしている方だったが、こんなことを大真面目な顔で「説明」するところに、大いなる人間味が溢れていた。

昨日のエントリを書いていて思い出した昔話。

「忖度」

今年の流行語大賞に「インスタ映え」と「忖度」

 今年の世相を反映した言葉を選ぶ「2017ユーキャン新語・流行語大賞」(「現代用語の基礎知識」選)が1日、発表された。年間大賞には、SNS「インスタグラム」に投稿した写真がひときわ映えたかどうかを意識した「インスタ映え」と、森友・加計学園問題で盛んに使われた「忖度(そんたく)」が選ばれた。(朝日新聞)


この流行語大賞に選出される言葉は、例年いろいろと物議を醸し出すものではある。
良く言われる政治的云々は措いておくが、僕個人としては、本当に流行「語」なのかどうか、疑問に感じることが多い。
去年の「神ってる」は確かに流行った気がするし、神っていた選手が母校の附属高校の出身者だから良いとして(…というのは冗談だが)、一昨年の「トリプル・スリー」は、プロ野球選手として大変な偉業であることに疑問の余地はないのだけれども、それが「言葉」として流行したのかと言えば、否と言わざるをえないのではないか。
同じく、一昨々年の「集団的自衛権」も、間違いなくその年話題になった「事柄」ではあったけれども、「言葉」そのものが事柄から独り立ちして様々な場面で使われるようなことはなかったはずである。
その前の年の「今でしょ!」とか「倍返し」のような、仮に出典を知らなかったとしても誰でも汎用的に手軽に使えるような「言葉」が、流行語と呼ぶに相応しいのではないかと思う。

そういう意味では、今年の受賞語の一つである「忖度」は、「言葉」として流行したと言って良いだろう。だから、この語が受賞したこと自体は、さもありなんとは思う。
ただ、この言葉が流行したことには、やや釈然としないものがある。それは、何故この言葉が流行したのか、ということなのだが、事の発端が、「官邸の意向を忖度する」ではなく、「官邸の意向を推し量る」や「官邸の意向を考える」などだっとしたら、「推し量る」や「考える」が流行語になることはよもやなかったろうと思われる。
つまり、それまでに聞いたことのなかった「忖度」という言葉が、実はそういうちょっとイカガワシイ場面で使われるアヤシゲなものであることを知って、みんながいろいろな場面で使い始めた、不正と紙一重の公に出せないような行為を指す言葉なのだから聞いたことがないのも当然だ…というようなことが、「流行」した背景にあるように感じるのである。
お蔭で、僕にとっては今まで普通に使えていた(むろん頻繁に、ではない)言葉が、極めて使いにくくなってしまったのである。

言うまでもないことだが、「忖度」にはもともとマイナスもプラスもない。悪い場面でも使えるし、良い場面でも、どちらでもない場面でも使える言葉である。
安直に、青空文庫からの引用で済ませる。

明治乙亥十一月十日に森枳園が棠軒に与へた書は、既に注する所を除いて、猶枳園の壬申以後の内外生活を後に伝ふるものとして尊重しなくてはならない。内生活は末の「日本と唐好き」の一節に由つて忖度せられる。外生活は早く寿蔵碑に、「五月至東京、是月廿七日補文部省十等出仕、爾後或入医学校為編書、或入工学寮為講辯」の句があるが、これを此書の「壬申以来文部へ出仕」云々の一節に較ぶれば、広略日を同じうして語るべからざるものがある。(森鷗外『伊沢蘭軒』その三百六十六)


「忖度」発言をした当人だって、たぶん当たり前の言葉として使ったに過ぎないだろう。まさか「忖度」という言葉そのものがそんなことになるとは予期していなかっただろうと、僕は「忖度」している。

ところで、面白かったのは、受賞者が「忖度まんじゅう」を作った会社の社長だということだ。発言者に受賞を打診したものの断られた、という経緯があるのかもしれないけれども…。
その社長の受賞のコメントが、実に奮っている。
「忖度という言葉は日本文化をあらわす本当に素敵な言葉だと思います。これからも忖度という言葉を大事に使っていきたいと思っています。」

読解力

今日の朝刊で目に止まったニュース。

中高生の読解力ピンチ 文法分からず中学生43%が誤答 国立情報学研究所調査

 主語と述語の関係といった「係り受け」など、文章の基本的な構造を理解できていない中高生が多くいるとみられることが、国立情報学研究所の新井紀子教授らの研究チームによる調査で分かった。新井教授は「読解力が不十分だと社会生活を送る上でも大きな影響が出る」と懸念している。

 調査は平成28年4月~29年7月、中高生を中心とした約2万5千人を対象に実施。中高生の教科書や辞典、新聞記事などに掲載された文章を題材に、基礎的な文法を踏まえていれば答えられるようにした問題を出した。

 例えば中学の教科書から引用した「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」の一文と、「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた」の一文とが同じ意味かどうかを尋ねたところ、「同じ」と誤答した中学生は約43%を占め、高校生でも約28%が間違えた。

 ほかの教科書から引用した「仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている」を読み、オセアニアに広がっている宗教を「キリスト教」と答えられなかった中学生は約38%、高校生は約28%だった。

 調査では、中高生に1カ月に読んだ本の数やスマートフォンの利用時間、1日の勉強時間など生活状況も尋ねたが、読解力との明らかな相関はみられなかった。一方、経済的に困難な家庭に学用品などを補助する就学援助を受けている子供の割合が多い学校の正答率が、相対的に低いことも分かった。

 新井教授は近年、人工知能(AI)の情報処理能力が大きく進歩していることに触れ「将来、仕事を奪われないようにするためにも、子供たちの読解力の底上げにつながる支援が必要だ」と話している。(産経ニュース)


調査の詳細な公表を見つけることができていないのだけれども、確かに、このレベルの読解力がなかったら、「社会生活を送る上でも大きな影響が出る」のに違いない。
が、調査の結果を懸念しているだけで原因の分析もなく、「支援が必要だ」と言っているだけで具体的な施策の提言もない。
最近はやりのAIに結び付けている部分も、底が浅そうで無理矢理な感が否めない。
なお、一点、揚げ足取りをすると、「文章の基本的な構造」は「文の基本的な構造」とあるべきだ。他社の報道でもこの文言は共通だから、公表された通りなのだろう。

これ以上書いても悪口しか出てこなそうなので、止めにする。

「イバンカ氏」

イヴァンカ・トランプ米大統領補佐官の来日を、各報道機関が伝えている。
いちいち「イバンカ・トランプ」と言うのも長ったらしいし、「トランプ」では大統領と紛らわしいからか、NHKを始め、ほとんどの報道機関が「イバンカ氏」と表現しているようだ。
「イバンカ」は「氏」じゃないと思うのだが…。

一口坂ふたたび

以前、「一口坂」のことを取り上げたことがある。
一口坂の交差点に「Hitokuchizaka」とあった、という話なのだが、その後、見つけたものがあったのであげておく。

都営地下鉄市ヶ谷駅A3出口付近の「千代田区エリアマップ」。

A3_千代田区エリアマップ
A3_千代田区エリアマップ

交差点にも坂にもバス停にも、「Hitokuchi Zaka(Hitokuchi-zaka)」と書いてある。

その、一口坂のバス停。

バス停
バス停

当然、「Hitokuchi-Zaka」である。

続いて、同A2出口付近の「千代田区総合防災案内板」。名前こそ違え、「千代田区エリアマップ」と同じようなものである。

A2_千代田区総合防災案内板
A2_千代田区総合防災案内板

こちらはなんと、「Imoaraizaka(Imoarai zaka)」である。

一口坂交差点付近にある「千代田区総合防災案内板」。

一口坂_千代田区総合防災案内板
一口坂_千代田区総合防災案内板

こちらも「Imoaraizaka(Imoarai zaka)」。「Hitokuchizaka」の交差点の目の前にあり、「Hitokuchi-Zaka」のバス停の間近にある案内板なのだが…。

たぶん、「千代田区総合防災案内板」が古く、「千代田区エリアマップ」が新しいものと思われる。「Imoaraizaka」だったのが、段々と読める人がいなくなって、「Hitokuchizaka」に変わった、という経緯なのかもしれない。
ツチイ晩翠がドイ晩翠に改名したようなもの、と、言えなくもない気がする。そのうち、「Imoaraizaka」は姿を消すことになるんだろう。
(SONY Cyber-shot DSC-RX100M3)

神保町

神保町交差点にある喫茶チェーン店の2階から外を見ていてふと気になった。

jinbocho

交差点名の英語表記が「Jinbocho」になっている。「Jimbocho」じゃないのか?
しかも、シールを貼っているところを見ると、元々「Jimbocho」だったものをわざわざ「Jinbocho」に修正した可能性が高いのではないかと思われる。

赤信号のちょうど下あたりに見えている案内板。

jinbocho

こちらも、「Jinbocho」である。ちなみに、この近くに合った神保町交番への案内板も「Jinbocho」だった。

それで、当の神保町駅の表記を見てみる。

jimbocho

こちらは「Jimbocho」である。
つまり、「Jinbocho Sta.」を目指して行くと、「Jimbocho Sta.」に辿り着くわけである。何だか、微妙に判りづらい。

駅の中にあった案内板。

jimbocho

神保町交差点を「Jimbocho Crossing」と表記している。「Jimbocho Crossing」を目指して行くと、「Jinbocho(Crossing)」に……。

駅名表示。

jimbocho

当然、「Jimbocho」である。

何の結論もないけれども、不統一だな、と思った次第。
東京都建設局が(たぶん)「Jinbocho」に統一しようとした理由はわからないけれども、東京都交通局とまったく連携せずにやったんだろうな、とは思う。
(SONY Cyber-shot DSC-RX100M3)

仕事熱心

朝、電車に乗っていたら、近くに立っていた若い女性が何やら一所懸命ノートしている。どうやら仕事のシミュレーションをしているらしい。なかなか熱心だ。
見るとはなしに、ふと眼に入った一節。

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○○さんの補聴器でお電話になります。××(店名らしい)と申します。


激しく指導してあげたい衝動に駆られたのだけれども、我慢した。

以上。