「忖度」

今年の流行語大賞に「インスタ映え」と「忖度」

 今年の世相を反映した言葉を選ぶ「2017ユーキャン新語・流行語大賞」(「現代用語の基礎知識」選)が1日、発表された。年間大賞には、SNS「インスタグラム」に投稿した写真がひときわ映えたかどうかを意識した「インスタ映え」と、森友・加計学園問題で盛んに使われた「忖度(そんたく)」が選ばれた。(朝日新聞)


この流行語大賞に選出される言葉は、例年いろいろと物議を醸し出すものではある。
良く言われる政治的云々は措いておくが、僕個人としては、本当に流行「語」なのかどうか、疑問に感じることが多い。
去年の「神ってる」は確かに流行った気がするし、神っていた選手が母校の附属高校の出身者だから良いとして(…というのは冗談だが)、一昨年の「トリプル・スリー」は、プロ野球選手として大変な偉業であることに疑問の余地はないのだけれども、それが「言葉」として流行したのかと言えば、否と言わざるをえないのではないか。
同じく、一昨々年の「集団的自衛権」も、間違いなくその年話題になった「事柄」ではあったけれども、「言葉」そのものが事柄から独り立ちして様々な場面で使われるようなことはなかったはずである。
その前の年の「今でしょ!」とか「倍返し」のような、仮に出典を知らなかったとしても誰でも汎用的に手軽に使えるような「言葉」が、流行語と呼ぶに相応しいのではないかと思う。

そういう意味では、今年の受賞語の一つである「忖度」は、「言葉」として流行したと言って良いだろう。だから、この語が受賞したこと自体は、さもありなんとは思う。
ただ、この言葉が流行したことには、やや釈然としないものがある。それは、何故この言葉が流行したのか、ということなのだが、事の発端が、「官邸の意向を忖度する」ではなく、「官邸の意向を推し量る」や「官邸の意向を考える」などだっとしたら、「推し量る」や「考える」が流行語になることはよもやなかったろうと思われる。
つまり、それまでに聞いたことのなかった「忖度」という言葉が、実はそういうちょっとイカガワシイ場面で使われるアヤシゲなものであることを知って、みんながいろいろな場面で使い始めた、不正と紙一重の公に出せないような行為を指す言葉なのだから聞いたことがないのも当然だ…というようなことが、「流行」した背景にあるように感じるのである。
お蔭で、僕にとっては今まで普通に使えていた(むろん頻繁に、ではない)言葉が、極めて使いにくくなってしまったのである。

言うまでもないことだが、「忖度」にはもともとマイナスもプラスもない。悪い場面でも使えるし、良い場面でも、どちらでもない場面でも使える言葉である。
安直に、青空文庫からの引用で済ませる。

明治乙亥十一月十日に森枳園が棠軒に与へた書は、既に注する所を除いて、猶枳園の壬申以後の内外生活を後に伝ふるものとして尊重しなくてはならない。内生活は末の「日本と唐好き」の一節に由つて忖度せられる。外生活は早く寿蔵碑に、「五月至東京、是月廿七日補文部省十等出仕、爾後或入医学校為編書、或入工学寮為講辯」の句があるが、これを此書の「壬申以来文部へ出仕」云々の一節に較ぶれば、広略日を同じうして語るべからざるものがある。(森鷗外『伊沢蘭軒』その三百六十六)


「忖度」発言をした当人だって、たぶん当たり前の言葉として使ったに過ぎないだろう。まさか「忖度」という言葉そのものがそんなことになるとは予期していなかっただろうと、僕は「忖度」している。

ところで、面白かったのは、受賞者が「忖度まんじゅう」を作った会社の社長だということだ。発言者に受賞を打診したものの断られた、という経緯があるのかもしれないけれども…。
その社長の受賞のコメントが、実に奮っている。
「忖度という言葉は日本文化をあらわす本当に素敵な言葉だと思います。これからも忖度という言葉を大事に使っていきたいと思っています。」

附箋を剥がす(32) 「はららぐ」

幸田文『ふるさと隅田川』(ちくま文庫)より。
読み始めて最初に気になった一語。ある程度溜ってから書こうかとも思ったのだけれども、いつになるか判らないので、見つけ次第書くことにする。とすれば、「附箋を剥がす」でなく、「附箋を貼らない」と言うべきか。

それから二十何年後か後の初夏、まったく人気のない浅間山の中腹を登っていた。道がくのj字に折れる所へきて、折れてびっくり、声をあげた。狭い道の両側から卯の花と茨の花が、たわわに咲き重なって真っ白く、あたり一面が濃く匂って、森閑と静寂、とき折りひとりでに花ははららいでこぼれ落ちていた。(「川と山のにおい」P16)


「はらはら」の「はら」に接尾語「らぐ」が付いたもの。
「安らぐ」「薄らぐ」「和らぐ」など、「らぐ」の付く語はあるけれども、擬態語に付くのは珍しい気がする。

読解力

今日の朝刊で目に止まったニュース。

中高生の読解力ピンチ 文法分からず中学生43%が誤答 国立情報学研究所調査

 主語と述語の関係といった「係り受け」など、文章の基本的な構造を理解できていない中高生が多くいるとみられることが、国立情報学研究所の新井紀子教授らの研究チームによる調査で分かった。新井教授は「読解力が不十分だと社会生活を送る上でも大きな影響が出る」と懸念している。

 調査は平成28年4月~29年7月、中高生を中心とした約2万5千人を対象に実施。中高生の教科書や辞典、新聞記事などに掲載された文章を題材に、基礎的な文法を踏まえていれば答えられるようにした問題を出した。

 例えば中学の教科書から引用した「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」の一文と、「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた」の一文とが同じ意味かどうかを尋ねたところ、「同じ」と誤答した中学生は約43%を占め、高校生でも約28%が間違えた。

 ほかの教科書から引用した「仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている」を読み、オセアニアに広がっている宗教を「キリスト教」と答えられなかった中学生は約38%、高校生は約28%だった。

 調査では、中高生に1カ月に読んだ本の数やスマートフォンの利用時間、1日の勉強時間など生活状況も尋ねたが、読解力との明らかな相関はみられなかった。一方、経済的に困難な家庭に学用品などを補助する就学援助を受けている子供の割合が多い学校の正答率が、相対的に低いことも分かった。

 新井教授は近年、人工知能(AI)の情報処理能力が大きく進歩していることに触れ「将来、仕事を奪われないようにするためにも、子供たちの読解力の底上げにつながる支援が必要だ」と話している。(産経ニュース)


調査の詳細な公表を見つけることができていないのだけれども、確かに、このレベルの読解力がなかったら、「社会生活を送る上でも大きな影響が出る」のに違いない。
が、調査の結果を懸念しているだけで原因の分析もなく、「支援が必要だ」と言っているだけで具体的な施策の提言もない。
最近はやりのAIに結び付けている部分も、底が浅そうで無理矢理な感が否めない。
なお、一点、揚げ足取りをすると、「文章の基本的な構造」は「文の基本的な構造」とあるべきだ。他社の報道でもこの文言は共通だから、公表された通りなのだろう。

これ以上書いても悪口しか出てこなそうなので、止めにする。

神保町ブックフェスティバル

例年、神田古本まつりの一環で、神保町ブックフェスティバルが開催される。
目玉はいろいろあるのだろうけれども、神保町の古書店街に比較的容易に行かれる者にとっては、古本よりむしろ、各出版社が出店して新刊書籍を販売する企画に食指が動く。
定価販売が原則の書籍だけれども、「ちょっと汚れておりますので」という名目で、実際にはさして汚れていないものが格安で入手できる。近年では、ふつうの書店でも自由価格本が扱われるようになっているとはいえ、その比ではない安さのものが、少なからずある。
そもそも書籍なんて、新刊として書店に並んでいるものだって、多少なりとも汚れていることがあって、本当に汚れていたところで、決定的な瑕疵になるものではない。
そして、神保町界隈に社屋を構える専門性の高い小さな出版社が多い分、魅力的なものが見つかることもある。
今回、10分くらいしか時間がなかったのでざっと見回しただけだったのだけれども、目に付いた本が1冊あったので購入した。

その本…が何かは書かずにおくけれども…が出版されて間もない頃だったと思うのだが、著者と思いがけない場所でお目に掛かったことがある。
それ以前にも小さな学会で一度会ったことがあったので、こちらから声を掛けた。先方は僕の顔までは覚えておらず、名乗るまで気づいていなかったのだが、そうと判ると急に慌て出して、「著書では酷いことを書いてしまって…(もごもご)」。その場はそのまま別れたのだが、何だ、酷いことを書かれているのか、と思ったまま、その本も読まずにいた。それが、特価で出ていたので購入したのである。
で、読んでみたら、ちっとも酷いことなんか書いていない。むろん反論したいところもないわけではないけれども、それはお互い様、真っ当な批判である。
何せ、根拠も明示せずに「理解できない」なんていうことを平気で書く人がいるような世界である。こんな批判なら、望むところである。
本来なら、きちんと学問的な場で批判を展開すべきなのだろうけれども、学説の相違はあるにしても、大筋の立場には異論がないので、改めて何かを書く気力が沸かない。それで、こんなところでお茶を濁しているわけである。

とまれ、それほど気にしていたわけではないのだけれども、ほんの僅か何となくもやっとした気分がないでもなかったのが、きれいさっぱり晴れたのは、神保町ブックフェスティバルのお陰である。

「イバンカ氏」

イヴァンカ・トランプ米大統領補佐官の来日を、各報道機関が伝えている。
いちいち「イバンカ・トランプ」と言うのも長ったらしいし、「トランプ」では大統領と紛らわしいからか、NHKを始め、ほとんどの報道機関が「イバンカ氏」と表現しているようだ。
「イバンカ」は「氏」じゃないと思うのだが…。

篠沢秀夫

何だか訃報ばかりだけれども、これは外せない。

「篠沢教授に全部」は永遠です…篠沢秀夫さん旅立つ

 TBS系「クイズダービー」の解答者として人気を集めた学習院大名誉教授の篠沢秀夫(しのざわ・ひでお)さんが26日未明、都内の病院で死去した。84歳だった。09年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断され、自宅で闘病生活を送っていた。葬儀・告別式の日程は未定。喪主は妻礼子(れいこ)さん。

 ◆篠沢秀夫(しのざわ・ひでお)1933年(昭8)6月6日、東京都生まれ。現日比谷高卒。学習院大文学部から東大大学院に進学、フランス文学を専攻。パリ大留学後、73年に学習院大教授に就任、04年から名誉教授。77~88年にかけてTBS系「クイズダービー」に出演。1枠のレギュラー解答者を務め、学者らしからぬ珍解答で人気に。13年に瑞宝中綬章受章。趣味は46歳で始めた乗馬。血液型AB。(日刊スポーツ)


大人になってから、篠沢教授の学者としての偉大さ(…の一部)を知るに至ったけれども、とはいえやはりクイズダービーの印象が抜けることはない。

自筆原稿

メモ。

太宰治「斜陽」、最終回の直筆原稿など発見

 作家、太宰治(1909~48年)の代表作の一つ「斜陽」の連載最終回の冒頭の直筆原稿をはじめ、二葉亭四迷や島崎藤村の小説の原稿、石川啄木や菊池寛の手紙など約30点が新潮社の関係者宅から見つかった。

 調査した早稲田大の中島国彦名誉教授は「文芸誌『新潮』などにゆかりがある原稿類を中心とし、点数も多い。近代文学の貴重な資料だ」としている。

 今回の資料は、新潮社の佐藤俊夫元会長が長く保管していた。

 「斜陽」は、「新潮」で1947年7月号から10月号に掲載された。今回の原稿は9月号と10月号の冒頭の2枚ずつ。「斜陽」は、200字詰め直筆原稿計521枚を日本近代文学館(東京都目黒区)が所蔵しており、6枚が所在不明になっていた。見つかったのは、そのうちの4枚という。(読売新聞)


個人的には、自筆原稿を重視しない立場に立つので、さしてワクワクすることもないのだけれども、貴重な発見ではあると思う。
四迷のものは、ちょっと面白そうではある。(他記事によれば、「其面影」の草稿で、完成稿とは書き出しが異なるのだとか。)

中村雄二郎

中村雄二郎氏が死去 哲学者「臨床の知」提唱

 現代日本を代表する哲学者で明治大名誉教授の中村雄二郎(なかむら・ゆうじろう)氏が26日、老衰のため東京都内の病院で死去した。91歳だった。偲ぶ会を行うが日取りなどは未定。
 東京都出身。東京大大学院修了後、1964年に明治大教授。専門の哲学をドラマとして捉えた演劇論を展開するなど独自の視点で研究を進め、生命倫理などの分野で「臨床の知」「共通感覚」などの新しいテーマに取り組んだ。96年同大学名誉教授。著書に「共通感覚論」「臨床の知とは何か」「術語集」など。(日本経済新聞)


記事にもある『術語集』は、必読の書と…ぼくの周りではあまり言われていなかったけれども、世間では…言われていて、僕も読んだ。
手許にある本の奥付を見ると、僕が読んだのは大学4年生の頃だったようだ。
もう一度読み返してみるか。…いや、気力が続きそうもないな。

一口坂ふたたび

以前、「一口坂」のことを取り上げたことがある。
一口坂の交差点に「Hitokuchizaka」とあった、という話なのだが、その後、見つけたものがあったのであげておく。

都営地下鉄市ヶ谷駅A3出口付近の「千代田区エリアマップ」。

A3_千代田区エリアマップ
A3_千代田区エリアマップ

交差点にも坂にもバス停にも、「Hitokuchi Zaka(Hitokuchi-zaka)」と書いてある。

その、一口坂のバス停。

バス停
バス停

当然、「Hitokuchi-Zaka」である。

続いて、同A2出口付近の「千代田区総合防災案内板」。名前こそ違え、「千代田区エリアマップ」と同じようなものである。

A2_千代田区総合防災案内板
A2_千代田区総合防災案内板

こちらはなんと、「Imoaraizaka(Imoarai zaka)」である。

一口坂交差点付近にある「千代田区総合防災案内板」。

一口坂_千代田区総合防災案内板
一口坂_千代田区総合防災案内板

こちらも「Imoaraizaka(Imoarai zaka)」。「Hitokuchizaka」の交差点の目の前にあり、「Hitokuchi-Zaka」のバス停の間近にある案内板なのだが…。

たぶん、「千代田区総合防災案内板」が古く、「千代田区エリアマップ」が新しいものと思われる。「Imoaraizaka」だったのが、段々と読める人がいなくなって、「Hitokuchizaka」に変わった、という経緯なのかもしれない。
ツチイ晩翠がドイ晩翠に改名したようなもの、と、言えなくもない気がする。そのうち、「Imoaraizaka」は姿を消すことになるんだろう。
(SONY Cyber-shot DSC-RX100M3)

神保町

神保町交差点にある喫茶チェーン店の2階から外を見ていてふと気になった。

jinbocho

交差点名の英語表記が「Jinbocho」になっている。「Jimbocho」じゃないのか?
しかも、シールを貼っているところを見ると、元々「Jimbocho」だったものをわざわざ「Jinbocho」に修正した可能性が高いのではないかと思われる。

赤信号のちょうど下あたりに見えている案内板。

jinbocho

こちらも、「Jinbocho」である。ちなみに、この近くに合った神保町交番への案内板も「Jinbocho」だった。

それで、当の神保町駅の表記を見てみる。

jimbocho

こちらは「Jimbocho」である。
つまり、「Jinbocho Sta.」を目指して行くと、「Jimbocho Sta.」に辿り着くわけである。何だか、微妙に判りづらい。

駅の中にあった案内板。

jimbocho

神保町交差点を「Jimbocho Crossing」と表記している。「Jimbocho Crossing」を目指して行くと、「Jinbocho(Crossing)」に……。

駅名表示。

jimbocho

当然、「Jimbocho」である。

何の結論もないけれども、不統一だな、と思った次第。
東京都建設局が(たぶん)「Jinbocho」に統一しようとした理由はわからないけれども、東京都交通局とまったく連携せずにやったんだろうな、とは思う。
(SONY Cyber-shot DSC-RX100M3)